日本綜合経営協会スタッフblog

創業44年 日本で初めて講師派遣を専門に起業した日本綜合経営協会(東京)のスタッフblogです。

✍超人ハルク

こんにちは超人ハルクです。
都内にて、元財務官僚、ニューヨーク州弁護士でいらっしゃる山口真由先生のご講演を聴いてきました。

山口真由先生と言えば!テレビのコメンテーターに引っ張りだこですので、
ご存知の方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
ご講演テーマは、「岐路に立つ日本 ー 今こそ考えたい、これからの日本のストーリー ー」。

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天気予報がすべて雨☂今から憂鬱な超人ハルクです(‘_’)

皆さま、週末の朝は何のテレビ番組を見ていらっしゃいますか。
人差し指を立てた👆シューイチポーズ、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

日本テレビ系列「シューイチ」にご出演!
作家で経済ジャーナリストの渋谷和宏先生のご講演を聴いてきました。

ご講演テーマは、「2019年 ⽇本経済の⾏⽅─輝く組織・輝く⼈は」
ご講演の内容は、オフレコ!

詳しくはお伝え出来ないのですが、
今、日本経済・消費の最前線では 100 年に一度の大きな変化とチャンスが来ており、
そのチャンスを企業・組織の飛躍に結びつけるためにビジネスリーダーとしてどうすれば良いのか、
実在の企業・組織、ビジネスリーダーのエピソードを交え、渋谷先生なりのご提案・考えをお聞かせいただけます。

ただいま弊社では、イチオシ講師として、多方面にご紹介をさせて頂いております❤
会場にも早めにお入りいただき、懇親会にもお付き合い頂けました。

控室では、渋谷先生のご趣味のランニングや大衆酒場巡りについて、
また、私は同じ大学出身なので母校についてなど、お話させて頂きました☺

スケジュール次第にはなりますが、
地方でのご講演も極力お請けしたいとの有難いお言葉も頂戴しております❢

皆様からのお問い合わせ・ご依頼、お待ちしております。

渋谷和宏先生のプロフィールと講演依頼はこちら

こんにちは超人ハルクです。
GW明けのこと。朝一番から埼玉・大宮に行ってまいりました。

新規のお客様ご主催による、朝一番のご講演会に講師を派遣いたしました。
講師はこの方!元外務省官僚の佐藤優先生です!
今回のご講演テーマは、「世界の動向と日本の外交」
ご講演の内容はオフレコのため詳しくはお話しできないのですが、、、
まさにご講演タイトル通りに、裏話交え、わかりやすくお話してくださいました。

外交や国際情勢にあまり詳しくない私ですが、
もっと知りたい、勉強してもっと聞きたいと思える内容で、
さすが!の一言。何度も聞きたいご講演もなかなかございません。

失礼ながら(‘_’)⚡お会いするまでは、迫力があり近寄りがたいイメージでしたが、
とても気さくで優しいお方でした❤

帰りに一緒に写真を撮ってくださり、素敵な方ですねとお褒めの言葉も頂戴しました。
佐藤先生のようなすごい方に褒めて頂けるとは・・・!とても嬉しかったです😊

執筆でご多忙のためご出講可能な日は限られておりますが、
都内近郊であれば、ぜひにとの依頼にご調整頂ける可能性もございます。
お問い合わせ・ご依頼お待ちしております。

2月のこと、弊社お得意様ご主催による気象予報士、依田司先生のご講演を聴いてきました。

テレビ朝日系列「グッド!モーニング」を毎朝見ている経営者の方も多いですよね!
今回の聴講者の方々も、皆さん見ていらっしゃるようでした☺

ご講演テーマは、「多発する異常気象と天気予報の活用」
まずは、毎朝のお天気検定コーナーのお話から。
このコーナーは、2011年3月の東日本大震災後、朝の短い時間にホッと笑ってもらったり、地域に行くことによって活性化されれば良いな、という使命のもと4月よりスタート。
今は週末に行く場所の動機づけになれば、と思って担当している。

また、同じくテレビ朝日系列の「サタデーステーション」は、週末の一家団欒時にご家族で綺麗だなと思ってもらえる放送を心がけてやっている。

このように現在2番組を担当しているが、昨年6月の好きなお天気キャスターランキングで初の首位を獲得!1度は1位になってみたかったらしく、嬉しかったようです☺

そのおかげか、お天気以外のお仕事のオファーもやってくる。
バラエティーやCM、ドラマまで。TBS日曜劇場「ブラックペアン」私も見てました❤

そして本題のお天気へ。

気象庁が冬と定義しているのは12~2月の3か月。
今年は暖冬で、関東から北の太平洋側はほぼ雨が降らないことが特徴的だった。
花粉も大量飛散の恐れ。(皆さんいかがでしたでしょうか?)

ここで、昨年の異常気象を振り返ってみることに。

夏は猛暑とされ、日照時間が多かった。要は、梅雨明けが早く(昨年の関東の梅雨明けは6月29日、平年は7月21日頃)、夏の期間が一か月長かった。

この異常な梅雨明けに、嫌な雰囲気を感じていたが、まさにその予感は的中。7月豪雨がおきた。もともと梅雨末期の集中豪雨は起こるが、これはピンポイントで、西日本~九州~東海までと広範囲に大雨が降ることは過去に例がない。

なぜこのような豪雨が起こったのか。
太平洋高気圧、台風、梅雨前線の動きについて、天気図の映像を見ながら解説してくださいました。本当に特異な現象だったようです(‘_’)⚡

200人以上の方が亡くなられ、平成史上最も大きな災害となってしまいました。
特に岡山県倉敷市真備町の小田川決壊による被害が大きかったが、もともとここはハザードマップ上では浸水5m以上とされていた地域だった。
ぜひ一度、皆さんのお住まい周辺のハザードマップも見て頂きたいとのことでした。

そして梅雨があけると、今度は記録的な猛暑となった。
7月23日、熊谷市は41.1℃となり、日本の最高気温の記録を塗り替えた。
今は昔に比べ、35℃以上が当たり前になりつつあり、天気が変わってきていると言える。

太平洋高気圧とチベット高気圧が二枚重ねとなり、気温があがる。
最近よく見られる気圧配置だが、記録的猛暑にまで及ぶことが問題である。

そのほか、昨年の台風の異様な動きや多さなどについても解説してくださいました。

これらの異常気象の原因は、地球温暖化と言われている。
温暖化により海水温が上がり、蒸発する水蒸気量が増え、大気中の水蒸気が積乱雲を増やす。一方、その状態に強い寒気がくると、降雪量も増えると懸念されている。

では、そもそも地球温暖化とは何か?
50年、100年と長い目で見たときに、地球の温度が右肩上がりで上がっていることで、その年だけのことではない。

地球温暖化の95%の要因は、人間活動の影響(化石燃料を燃やす、森林を伐採する、といった温室効果ガスの増加)であり、北極や氷河の氷が減る、海面が上昇するだけでなく、農作物にも被害を及ぼしている。

対応策は、緩和策と適応策の2つ。
緩和策は、温室効果ガスを直接減らすこと、身近なところでは省エネ。
適応策は、温暖化による悪影響に備えること、施設や住環境の整備など。

気象情報を活用して、自分たちの生命や財産は自分たちで守っていくこと!
防災についてもお話してくださいましたので、ご紹介しきれなかった分とあわせまして詳しくはご講演をお聴きください。

最後に、お天気検定のコーナーのように、クイズで終了となりました❢

記念撮影に気さくに応じてくれるなど、テレビのイメージ通りの素敵な紳士 依田先生💛

皆さんご存知の通り、依田先生は地方からの中継がとても多く!
平日の都内近郊午後、土日のみ、ご出講が可能となっております。

最近は地震も多く、災害という観点からも気象予報士のご講演はいかがでしょうか。

ご無沙汰しております超人ハルクです。
遡ること2月の始め。都内にて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授でいらっしゃる的川泰宣先生のご講演を聴いてきました。

ご講演テーマは、「小惑星探査機「はやぶさ」の軌跡 ~人はなぜ宇宙をめざすのか~」。
「はやぶさの話だけでも真面目に話せば7年かかるので、ピンチに陥った時のこと、苦労話を中心にお話します」と、ご講演がスタートいたしました!

そもそも“はやぶさ”は、なぜ火星や土星などの太陽系ではなく、小惑星に向かったのか?

当時40万個といわれた小惑星は、45億数千万年前の物質がそのまま閉じ込められており、重力が小さく熱も発生しないため、変質せずに太陽の周りを回り続けていた。

昔のものがそのまま残っているこのサンプルを持ち帰れば、太陽系の昔のことが調べられると考え、アメリカやソ連も行ったことない世界初の計画が日本で始まった。

この計画は、技術的に8つの世界初を成し遂げなければならず、宇宙開発委員会にせせら笑われたが、「若い人たちがこういう無謀な計画にチャレンジすることは大変良いことだ。試験探査機だから、やれるところまでやってみなさい」とスタートを切った。

最初は岩だらけの小惑星(後の“イトカワ”)を目指すことに。
地球から点にしか見えない小惑星に近寄っていくこと(8つの世界初の内の1つ)は技術的に至難の業であった。また、何しろお金がなかった(希望額の1/4しか貰えなかった)。

そこで、「下町ロケット」のような世界、つまり大きなメーカーに頼まず、ダイレクトに町工場に頼むことにした。自分達で歩く苦労はあったが、コストの削減を図った。

小惑星のややこしさの根源は地球から遠いこと。直線距離にして3億km、太陽の2倍。
ぶつかりそうになって衛星で指示を出しても、避けられない(間に合わない)ため、
鉄腕アトムのように自力でなんでもやれる(自律航法)プログラムを作る必要があった。

小惑星に降りていく時、最初に目印を落とし、そこに向かって降りていくのが良い。
どういった目印にすべきか?小惑星は、重力がほとんどなく、弾むと脱出してしまう。
弾まないためにどうすれば良いだろうか?

飲み屋で出会った町工場の職人さんが、お手玉を見本に例えてくれた。
お手玉は落ちるときに小さい粒同士がぶつかり合い、弾む力が残らない。どんな材料で作るかではなく、中に何を詰めるかが大事とし、結局作ってもらえることとなった。
最終的に“ターゲットマーカー”というソフトボール位の大きさの目印を落とした。

このように“はやぶさ”は、みんなで手分けをし、安く軽く性能が良い多数の部品で作られている。最終的には150~160もの町工場の技術が使われており、技術はもちろんのこと、強いネットワークが大変役立った。

では、どうやって欠片(サンプル)を拾おうか。
お金がなく、探査機も大きく出来ない。30人位の若いチームが議論に議論を重ねた。

長い筒の先が接地した瞬間に弾丸を発射し表面を砕き、舞い上がったほこりをカプセルに収納する。これが確実で、しかも軽い、最良の策とされた。

“はやぶさ”を打ち上げた日は、2003年の5月9日。
打ち上げの1~2週間前に投票にて名前を決める。第一候補は“アトム”であったが、原爆を思い起こさせると候補から外され、第二候補の“はやぶさ”となった。
“ハヤブサ”は目が良く、遠くから獲物を狙い、すばやく巣に帰っていく鳥で、この探査機に非常によく似ていたからだ。

一方、小惑星は満場一致で“イトカワ”と名付けられた。日本のロケット開発の第一人者であり、的川先生の大学院のころの指導教官でもあった糸川英夫先生に由来している。

“はやぶさ”が“イトカワ”に到着したのは、2005年9月。
だが、12月には戻らないと地球に帰れないため、短期決戦であった。

11月19日午後9時、重力と複写圧を使い、ゆっくりゆっくり秒速4センチの速さで降下を開始した。途中でターゲットマーカーを落とし、「あとは“はやぶさ”にすべて任せるよ」と指令を送り、見守った。

“はやぶさ”からは高度のみが伝えられる。「5m、4m、、、1m」の後に-1mと記録された。-1mが意味がわからず、「残念ながら着陸できなかったようだ、弾丸も発射されなかった」と発表した。

データを解析してみると“はやぶさ”がバウンドしており、このバウンドにより遠ざかったため、マイナスと記録されていたのだった。

こうして第1回目は失敗に終わるも、11月26日に第2回目の着陸が始まった。
「無事に着陸、成功したから帰ろう」となるも、今度はガスジェットが誤作動、ガスが100%出尽くした。コマが3つ故障しており、代替のガスジェットも使えなくなったため、姿勢制御できず、帰れなくなってしまった。

しかし、皆は諦めなかった。毎日徹夜をしながらアイディアを出しあった。
押す能力しかなかったイオンエンジンを使い、わずかに回転をかけ、起死回生を図った。

さらに、12月8日には、通信が途絶えるという最大のピンチが訪れた。
7か月ほど、1ビット通信で探し続け、ついに地球に戻る軌道にのせることができた。
「この原動力は皆の目標が高いところで共有されていたこと」と的川先生は考えている。

ようやく帰れる・・・!と思いきや、最後まで一筋縄にはいかず!笑
ここだけの“はやぶさ”のお話。動画を交えた最後のエピソードはぜひご講演で💡

とってもチャーミングな的川先生❤帰りの電車の中でも楽しくお話してくださいました❢
最近は“はやぶさ2”のニュースもあり、タイムリーですよね!
皆様からのお問い合わせ、ご依頼、お待ちしております☏

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