日本綜合経営協会スタッフblog

創業44年 日本で初めて講師派遣を専門に起業した日本綜合経営協会(東京)のスタッフblogです。

★経営実践

こんにちは、落武者(前世)です👹
今年5月。長年ご贔屓にしてくださっているお得意様ご主催の、
CoCo壱番屋創業者 宗次德二先生のご講演を聞いてきました!
この日もトレードマークの黄色いネクタイを着けていらした宗次先生。なんと1本500円なのだとか!
(前々からお話は存じておりましたが、先生が着けているお姿を実際に見てもちょっと信じられません・・・)
ネクタイの話題に絡めて「そんな馬鹿なことはアルマーニ!」など、ところどころに軽妙なギャグも。

このご講演会の、つい数日前(2019年5月某日)に発表になったニュース。
桐朋学園大学の学長さんから「数ある音楽大学の中で、自前の音楽ホールを持っていないのは自校だけ。夢みたいな話ですが、ホールを作ってもらえないでしょうか?」との相談があった。
実際にどんなところか、建設予定地の見学にも行った。とても素晴らしい土地。
宗次先生は、「努力に努力を重ねている人たちを応援したい。ぜひ協力させて欲しい」と、ホール建設費 約21億円のうち、約8億円を寄付。
※現在、宗次先生はご自身が立ち上げたNPO法人で、愛知県内の学校(部活)に楽器を贈ったり、未来の音楽家のための奨学金制度をつくったり等の活動もされていらっしゃいます!

芸術・文化・スポーツといった分野では、どんなに努力をしても、プロとして食べていけるのはほんの一握りの人たちだけ。
それに比べたら、相応の努力さえすれば、社長業を成功させることなど簡単。
いろんな仕事、大変な業種もあると思うが、自分の会社の業績を右肩上がりにすることくらい、それほど大変なことではない。

宗次先生は25歳で喫茶店を始め、29歳でココイチを立ち上げた。きっかけは、喫茶店の新メニューとして加えたカレーライスにちょっと火がついたことだった。
開店当初から心がけていたことは、心をこめた接客。口コミでだんだんお客様が来てくれるようになった。
ビジネスも、最初は簡単に考えて良い。まずは一歩を踏み出してみる。
そして始めたあとは脇目も振らず、身を捧げるような気持ちでやり続けることが大切。

昨今「働き方改革」と言われるが、経営者にとっての働き方改革は倒れる寸前まで働くこと、と話す宗次先生。
今は年金もあてにならない時代。特別な目標がないのであれば、若く体力のあるうちにとことん働いて将来に備え、人生設計を立てて行動することが必要ではないだろうか。

そして人生設計のお話からの流れで、宗次先生の壮絶な半生を振り返ってのお話に。
天涯孤独の生い立ち、そして想像をはるかに超えた貧しい少年時代・・・。
しかしそれをきっかけに「誰にも頼ることなく、一人で生きていけるようになろう」と固い決意をされたのだそうです。

ご講演のところどころで垣間見ることができる、宗次先生の経営姿勢。
朝から晩まで徹底的に働くこと(長く働けば働いただけ、いろんなアイデアが湧いてくる)。
データよりも、実際の店舗を見て改善点をさがすこと。
毎日の丁寧な掃除を継続することで、ファンになってもらうこと。
そして何よりも、自分で立てた目標に向かって、ひたすら努力を重ねること・・・。

ご講演を聴かれた、弊社お客様でもある経営者の方も「経営者としての熱い信念に心を打たれました!!」とおっしゃっていました。

また、ご講演会後の懇親会へも、なんと最後まで!ご参加くださいました。
ココイチ時代にお付き合いのあった会社の方をはじめ、ご参加者様と懇談いただきました。
私達のことも気にかけて優しく話しかけてくださり、とってもジェントルマンな先生でした!
長年とてもお世話になっている主催者様、そして同業界のお世話になっているお客様にもご挨拶でき、とっても嬉しかったです。
宗次先生、ご主催・参加者の皆様、本当にありがとうございました!

宗次德二先生のプロフィールと講演依頼はこちら


■関連記事
湯澤剛先生(株式会社ユサワフードシステム 代表取締役)


諏訪貴子先生(ダイヤ精機株式会社 代表取締役)


片山裕介先生((元)イトーヨーカ堂執行役員衣料事業部長)



季節の変わり目に振り回されております。南町奉行です|´ω`)

先日、弊社ご新規のお客様ご主催の中野美加先生のご講演を聞いてきました。
(以前弊社がご案内した中野先生のお話を聞いてお問い合わせいただきました。ありがとうございます!✨)

ご講演テーマは「スシローを変えた“働き方改革”~『無理!』を『楽しい!』に変える“自立・自律型人材育成”の秘訣~」。

今回の会合は、主催者様が取引先の経営者や管理職クラスの方々をご招待した感謝会…でしたが、レジュメに誤字があり記載が感謝『祭』にΣ(゚д゚ )!
「皆様にとってより楽しく賑わうように、感謝『祭』で行こうと思います!」と笑いを取ってお話スタート。

先生がスシローの改革を委託されたのは2010年のことでした。
スシローは約10年も前から働き方改革に取り組んでいたんですね。
(まだ働き方改革という言葉はなかったため、経営改革という枠組みだったそう)

当時の飲食業界の平均離職率は38%。対してスシローは18%と元々業界の中では低い方。
ですが先生が改革に携わって以降、僅か8か月で7%減を達成!
それには労務の改善はもちろんのこと、「上司の対応が変わった」ことが大きかったと社員アンケートで明らかになったのだとか。

昭和生まれの現経営者・管理者層の人々にとって漫画やアニメといえば「スポーツ根性もの」だった。
主人公は寡黙な鬼コーチのもとボールに打たれに打たれて、コーチに嫌われないよう必死について行く。
そういうものを見て育ったために、「叩かれて当たり前、上司は教えてくれなくて当たり前。ただ根性でついて行くことが大切」と無意識に刷り込まれてきた。
「24時間働けますか?」というCMが打たれ、新入社員は「24時間働くのがジャパニーズビジネスマンなのだ!」と当然のように思っていた世代。

対して平成生まれの従業員にとっての漫画・アニメは「主人公が最初からヒーローである」ものが多い。
主人公が叩かれることはないし、仲間を大切にして(某漫画の台詞を借りて言えば)“月に代わってお仕置きが出来る”立場にある。
そういうものを見て育ったのだから「叩かれるのは想定外」なのが当たり前。
昭和世代だって叩かれるのは嫌だけど、そういう風に訓練を受けてしまっていた。

先生がある日バーで話したとあるおじいさんは「口は悪いけど情が厚くて面倒見がいい上司が良かった」としみじみ語ったそう。けれど今そんな上司は確実に評判が悪い。
60歳のおじいさんが思う「良い上司像」は現代ではもう機能していないのです。

現代の若者は無理をしないし人と比較をしない。バブル時代の「何か物を多く持てばいい」という価値観もない。
自分らしく幸せに生きることを何より考えている。
ここに大きな違いがあるのだから、経営者・管理者層が仕事に関して昭和流に伝えても実を結ぶことはほとんどない。

ではどうすればいいのか。
若者の多くが求めているのは「承認」。ここにいてこそ自分の生きがい・やりがいがあるという実感。
これをやってと言っても0.8の力しか出さないけれど、自分からやってもらうようにすれば自然と1.2の力を出すようになっていく。ここに導いてあげればいい。

ただ、高校生から新入社員にかけて、現代の若者は総じて「自分に“力”はない」と思い込んでしまっている。先生がこれまで数万人の学生・新卒者を調べたところ、“力”があると思っていたのはその内たったの2%!
そのためまずは全員に“力”があるんだよということを言葉以外で教えてあげるのがポイント。

ここでキーとなるのが「エンパワメント」。
詳しくはハルク先輩の以前の記事をご参照ください(´∀`)

モチベーションは上げたら下がってしまうだけ。
元々内にある質の高いモチベーションを見つけ出し、従業員それぞれ何がエンパワメントの元となるのかを知ることが大事!なのです。
今回も参加してくださった皆さんそれぞれの異なる「質の高いモチベーション」を引き出す内容に、会場は沸きに沸きましたよ♬
この他にも大事なポイントをお話し頂きましたが、残りは実際のご講演にて( ˘ω˘ )

スシローの事例を踏まえたお話といっても、その本質は人材育成とその定着、及び新人の扱い方と採用について等々。
飲食業界に留まらず、どの業界どの会社にも通ずるお話でとってもオススメです!
…が、それ故に中野先生は大変ご多忙。この日も札幌からのお越しで、翌日も札幌へとんぼ返りだったそうです💦(こちらの件が先に決まっていたそうで…ありがとうございます)

ご検討の際はお早めに!お問い合わせお待ちしております(∩´∀`)∩

中野美加先生のプロフィールと講演依頼はこちら



落武者(前世)です👹
先日、弊社お客様ご主催での諏訪貴子先生のご講演を聴いてまいりました!
前々からどちらへご出講いただいても大好評の諏訪先生。当日をとても楽しみにしておりました☺
実際にお会いした諏訪先生はとっても気さくな方で、パワフルさと上品さを兼ね備えた、素敵な女性でした・・・!
諏訪先生のご著書を原作として作られた2017年のNHKドラマ「マチ工場のオンナ」。
講演冒頭ではドラマの役者さんや、撮影現場の裏話も含めて笑いも取り、つかみはばっちり!

まずはご自身の半生を振り返りつつ、二代目を継ぐまでのお話。
ダイヤ精機の二代目となることを望まれる中で誕生。
引っ込み思案だった幼少期の、お父様とのエピソード。
社会人時代の、女性エンジニアとしての苦労。
結婚・出産を機会に家庭に入るが、バブル崩壊後の厳しい状況下でお父様から「会社を手伝ってほしい」と言われ、会社を手伝うことに。
その後、お父様が肺がんの宣告を受ける。一度手術も成功したが、2年も経たないうちに急変。緊急入院したが、あと4日ももたないと。
会社のほうはといえば、事業承継の準備は全くしておらず、実印や権利書などの確認に奔走した。

お父様のご逝去後、すぐに「誰が会社を継ぐのか」という話に。
それまでは主婦の自分が継ぐなんて夢にも思っていなかったが、覚悟を決めて代表に就任。
だが、すぐに銀行から合併の話を持ち出される。社員が幸せになれる合併であれば受け入れたが、この話は違った。
銀行の支店長に「私は半年で結果を出す。結果が出なかったら好きなようにしていいから」と啖呵を切り、チャンスを手に入れる。

最初に、非常に苦しい思いでリストラを断行(分析から、売上に対し人数超過であることがわかっており以前からお父様にも提案していた)。
社員からの大反発もある中、これを皮切りに3年間の改革に踏み切っていく。


まずは経営理念、方針を定めるところから。
事業承継においては、「理念の承継」が最も重要なポイント。
創業者の場合、最初に理念や方針を組み立てた後、それに賛同する人が集まり仕事となっていくが
後継者の場合、先代の方針のもとに働いていた人たちを自分の方針に向かせる必要がある。
諏訪先生は、経営理念は社員(職人さんたち)とベクトルを合わせるためのものだと考えた。
このため、ダイヤ精機の経営理念は誰にでもわかりやすい言葉を使っている。


3年間の改革で行ったこと。
1年目は意識改革。職人さん相手に整理整頓などの教育をし、モノづくりの基本を整えた。
2年目は新しい設備やシステムを導入するなど、自社の強みをより強化するためのIT化を進めた。
3年目は1・2年目の改革で高まったモチベーションを維持し、さらに継続・発展するための仕組みづくりを行った。
この改革を経てある日、協力メーカーさんより『職人さんたち、皆笑顔で「俺たち新生ダイヤだからよ!」って色んなところで言ってますよ』と聞く。
ああ、これで社員さんの意識は完全に変わったな と思い、改革にピリオドを打った。


後半は人材確保と定着率UPの方法、そして人材育成について・・・と、盛り沢山の内容!
失敗談はもちろん、「どうしてそのような考えに至り、どのように実行したのか」まで赤裸々に語ってくださいます。
司会のプロとしてのご経験もある先生。流石メリハリのある話し方で、面白いエピソードも上手に挟み、本当にあっという間の90分でした!
社員さんとの強い絆が感じられるエピソードでは、涙ぐんでいる方も多くいらっしゃいました。

文字数の関係で致し方なく、かなり端折ってのご紹介となってしまいました・・・
多くの方に、ぜひ生のご講演でお聞きいただきたいです!
※ご本業もおありな中、ご講演の引き合いも非常に多い先生でいらっしゃいます。

ご無沙汰しています超人ハルクです。
少し前のこと、弊社お得意様ご主催の湯澤剛先生のご講演を聴講してきました。

湯澤剛先生のプロフィールと講演依頼はこちら

ご講演テーマは「朝の来ない夜はない。あきらめなければ必ず道は拓ける。~負債40億円からの挑戦~」
20181217
まず、現在代表取締役である株式会社湯佐和について。
事務所の拠点がある神奈川県の大船を中心に、神奈川の東側に計14店舗の飲食店を経営、内ほとんどが大衆海鮮居酒屋。客単価3000円程、40~70代男性がメインターゲット。

湯澤先生自身は、創業者である父親が会社を大きくする様子を子供の時から見ており、“絶対に父の後を継ぎたくない”と思っていた。
当時33店舗あったお店は、サッポロビールを扱っており、「ライバルのキリンビールに入社をすれば、何となく自分のことを諦めてくれるのではないか、戻ってこいと言われずに済むのではないか」と考え、大学卒業後にキリンビールに入社、12年間サラリーマンを。

しかし、順風満帆であったサラリーマン人生が平成11年1月21日、父親である先代が心筋梗塞で急逝、ガラリと変わってしまった。
自分にとって、親の会社を継ぐことは、人生最悪の選択であったが、従業員に泣きつかれ、2週間だけ手伝うことにした。

だが、目の前で起こることに必死になって対応しているうちに“社長”と呼ばれ、気が付いたら事業承継をしており、36歳で会社を継ぐこととなった。

接客や調理など、飲食業界の経験が全くなく、マネジメントの経験もなし。
それに加え、どんな会社で、どんな人がいて、どういう状況かも知らなかった。
それが後々に影響を及ぼすが、中でも一番は、有利子負債額40億。

当時の年商は20億であり、金融機関から債務超過解消まで50年、完済に80年かかると言われ、人生終わったなと思った。
さらに恐ろしいことに、段ボール1箱分の督促状の山。ほとんどが税金と水道光熱費で、計1億円。財務はこのような状況。

では、組織はどうだったか。
33店舗あるが、店長は2人で掛け持ち。本部は正社員1人とパート数名。
“よくこれで会社といえるな、組織とは何なのか”と叫びたい気持ちだった。

そして、いざ経営をスタートするも、最初はお金を支払えていない先に謝りに行き続ける毎日。店長が売り上げを持ち逃げ、板前がお酒を飲み咥えタバコで寿司を握りお客様トラブル、従業員同士が喧嘩し警察沙汰なんてことも。

さらには家にまで督促の電話がかかり、奥様が謝る日々。
このままでは自分も家族も壊れていくのではないかという恐怖が、逆に背中を押した。

それでもなかなか覚悟が決まらなかったため、2つの工夫を。
1つは、最悪の状況(破産計画)を紙に書いた。不安や恐怖を頭に置いておかず、客観的に見つめると気が楽になり、とりあえず前に進もうと思えた。
もう1つは、期限を決めた。50年、80年とやみくもに走るのではなく、ある一定の期間(1827日=5年)を決め頑張り、それでもダメならすっぱりやめようと考えた。

こうした厳しい状況の中でも何か一つうまくいっているものを作り、それを横に展開し、全体の底上げを図ろう、つまりモデル店舗を作ろうと試みた。

店名を変え、店を綺麗にし、店長も新たに雇い、満を持してのオープン。
順調に行き、あとは横に展開するだけと考えるも、2ヶ月3ヶ月と右肩下がり。
女性やファミリー層を狙うもリピートされず、ロイヤルユーザーであった中高年の男性も来なくなり、誰も来なくなってしまったということ。

弱点に注目しがちだが、弱点だらけの企業は強みを見つけて状況を変えることが必要だと気が付いた。何を選ぶかではなく、何を捨てるか、が大事である。

中高年を再度ターゲットとして2か月後、売上が1.5倍、利益が2倍になった。

しかし、そう簡単にはいかず、、、良くなってきた矢先にアメリカでの狂牛病問題。
利益30%あった吉野家のFC5店舗が利益ゼロに。居酒屋部門を叱咤激励、そうして平成18年の12月過去最高利益となった。ついにどん底から抜けたと思った。

だが、本当の地獄はここからだった。
平成19年1月に大規模な食中毒で営業停止、2月に大事な会社の社員が重度の糖尿病で亡くなり、3月に店が火事。とことん嫌になってしまった。
経営者になり9年経っていたため、もう辞めようと思ったが、従業員の反対を受け、そこから“人材こそがすべて”人を大事にし、安心して働ける会社を作ろうと再スタート。

それでもまだ20億の借金が残っており、気が付くと利益優先の経営に逆戻りであった。

その時、ある経営者に、「何のために経営しているのか」と問われた。
「借金返済のため」と答えると、「社員は先代の作った借金を返すために働いているのか」と言われ、返済のことしか考えていなかったことに気付かされた。

では、何が経営の目的なのか。
考えた末、一緒に働いている社員とともに成長し幸せになりたい、地域に必要とされる存在となりたい、と「人が輝き地域を照らし幸せの和を拡げます」という経営理念を掲げた。

経営者となり16年、40憶あった負債は1億5千万に。
なぜここまで来られたか。
経営者として一番必要なのは諦めないこと(折れない心)ではないか。どんなに厳しい状況でも、自分の心の受け止め方ひとつで、人生を諦めずに幸せな生活を取り戻せる。
そして何より“人”。社員を幸せにすること、社員が幸せである企業が繁栄していくのではないか。

最後に「諦めなければ道は拓ける、朝の来ない夜はない。信じて進めばいつか目指した姿にたどり着ける」と熱いメッセージで、終了となりました。

とても響くご講演で、経営者様向けの講演会で大変好評の理由がよーくわかりました😊
ご講演前後には控室で気さくにお話頂け、懇親会にもお付き合い頂きました!ありがとうございます💙

オカリナさん(おかずクラブ)は手術で取ってしまったそうですよ。
―え、何をですか?
ホクロです。

当社の大人気講師 元イトーヨーカ堂執行役員 片山裕介先生の講演現場へ行ってまいりました。
片山裕介先生のプロフィールと講演依頼はこちら
今回は普段とは少々違い中国の方々を対象にした講演会です。
昨今、中国からは観光目的ではなくビジネス研修の団体ツアーで来日する方々が増えているようで、日本にある中国系の旅行会社と研修をコーディネートする中国系のコンサルティング会社とがタッグで企画しているパターンが多い模様。中国国内のビジネスも拡大し続ける中、勉強熱心な経営層や若手リーダーが多く、業種・業界問わず様々なツアーが組まれています。当社にも各所からの問い合わせが増えており、ある講師の方(某“誰でも知っている有名流通企業”の元社長・会長)などご講演の三分の一が中国の方に向けたものになっているとか(!)。

今回はアパレル企業役員の研修ツアーで、かなり若い参加者も見えました。
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セブンイレブンの出店はアジア全域に及んでおり、名の通ったブランドとなっていますから、中国の経営層もそのノウハウには興味津々です

さて、片山先生によれば、セブン&アイの売上規模はなんと11兆円、小売業としては世界第二位。特徴は「グループ261社すべてが小売業」であることで、これは世界でもナンバーワンだろうとのこと。その中で、創業者 伊藤雅俊氏、セブンイレブンを作り上げた鈴木敏文氏と、日本を代表する二人の経営者から直接 薫陶を受けたのが片山先生。今回は指名でのご依頼でしたが、まさに適任。

当日はやや早めに会場入りし、通訳の方(中国人)と疑問点のすり合わせ。通訳の方はセブンイレブンのカフェラテが大好きだということで、その話からセブンカフェの裏話に発展。発売初年度あまりに売れすぎた(なんと600億円!)ので、すぐに商品を刷新するようトップが指示したこと(つまり現状維持ではなく飽きられてしまう前に先手を打つということですね)、テイストは日本人の好みに合うよう某シアトル系コーヒーチェーンの逆のプロファイルにしている、など始まる前から興味深いお話が。

講演テーマは「激変する経済環境と中小企業の戦略 ―セブン&アイHLDの戦略に学ぶ―」
海外の経営層にも響くその講演内容をほんの少しご紹介します。

戦後日本の市場の変化
まず戦後日本が経験した歴史から説き起こす片山先生。と言うのも、いま中国では、「戦後日本が順に経験した市場の変化が、並行しつつジグザグに起きている」という見立てがあるから。
【売り手市場から買い手市場への変化】=【量の追求から質の追求への転換】、その背景にある【高度経済成長からバブル経済への流れ】、そして【バブル崩壊からデフレ経済へ】というプロセスを踏まえ、「世の中の変化の下で起こっている、“お客様がどう考えを変えていっているか”ということを常に見る」こと、「これまで何があったのか、これから何が起こるのかを冷静に考える」ことが重要と説く。
また「変化対応には軸が必要」(どこに立っているか分からないのに変化への対応は出来ない)ということで、それはすなわち「何を精神的な基盤にしているかが重要」である、と。
つまり理念を重んじる経営ということですが、ここは実利を重んじる中国の商習慣と大きく違う部分かもしれません(ちなみにセブン&アイの場合は伊藤雅俊氏の考える「商人道」がその精神的基盤)。
いずれにしても「よく時代の変化を見ること」―このことは講演中に何度も繰り返し強調されていました。これから変化の季節を迎える中国社会でのビジネスにとっても、こうした考え方は等しく重要であるに違いありません。

本業ぐらい可能性のあるものはない
バブル期に沸き起こった財テクブーム(株や土地への投資)には企業もこぞって乗り出した。ところが当時の伊藤会長は「君達はいつから不動産屋になったのか。儲かる儲からないではない、そこには喜びがないではないか」と言ってやらせなかった。そしてバブルが崩壊してみると、会社は不良債権がゼロだったどころかほとんど無借金経営で生き残った(なんと現在も自己資本比率は8割近い!)。これは「本当に大事な考え方」だと片山先生。「本業ぐらい可能性のあるものはない。本業を要素に分解し、その中で一つでも突出すればすぐ差別化できる」と非常に有効なヒントを出されました(どういう風に分けていくかなど具体的な部分はぜひ講演で)。会社が伸びてくれば、つい手を広げがちなのは万国共通ですものね。

これからの市場の変化
日本では今まで考えもしなかった“終活市場”が誕生し、片山先生も実際に一万円を払って終活セミナーに参加されたそう(意外にも片山先生よりも若い世代の聴講者の皆さんが行ってみたいと興味ありげ)。
中国でもこれから予想もしないビジネスが出てくること、そうした環境下で競争に勝ち残るための考え方として、「競争の真の相手は世の中の変化である。変化し続けること、変化と真摯に向き合うことが大事」ということを強調。そして現在の市場で起こっているパラダイムシフト(“マス”から“パーソナル”へ)についても、「変化の表面ではなく根底にあるものを見ること」が必要だと説かれました。

最後は記念撮影。
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冗談で笑いを取りつつ(さすが落研出身!国境を超える笑いのセンス)、ところどころ語りかけながらのスタイルでしたので、みなさん集中して聴かれていました。
中国の方へ向けた講演内容(セブン&アイのどんなところに注目しているか、興味を持って知りたいかなど)のカスタマイズも柔軟に対応していただけますし、配布資料(レジュメ)の中国語版が必要な場合もご相談ください。
お問い合わせをお待ちしております。

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