日本綜合経営協会スタッフblog

創業44年 日本で初めて講師派遣を専門に起業した日本綜合経営協会(東京)のスタッフblogです。

★スポーツ

こんにちは、落武者(前世)です👹
先日、横浜高校野球部 元監督の渡辺元智先生のご講演を聞いてまいりました!
内容は裏話も満載のため、オフレコとなりますが・・・
ご自身の野球人生の原点から、部員やご家族と助け合いながら甲子園初出場を果たしたときのこと、スパルタ練習をやめた経緯などについて、赤裸々に語ってくださいました。
また愛甲猛選手や松坂大輔選手が出場した、甲子園を沸かせた試合のエピソードも!
試合風景がありありと目に浮かぶキリッとした語り口で、ご参加の皆様も聞き入っていました。
講演終盤では、お孫さん・渡邊佳明選手(東北楽天ゴールデンイーグルス所属)のお話も。

横浜高校野球部の輝かしい栄光は、挫折・敗北・失敗から学び、築かれたもの。
渡辺先生ご自身の体験から紡がれる言葉には、強い説得力がありました。

参加者の方々にも、「横浜高校の渡辺監督」をよくご存知の方が多くいらっしゃいました。
特に、主催窓口をしていただいたご担当者様は、熱心な野球ファン!
特に学生野球に注目されているということもあり、ご出講決定時から当日を誰よりも楽しみにされていらっしゃいました。
主催者様からの「人材育成についても含めていただければ」とのリクエストにもお答えくださり、皆様にも好評!
お手伝いができて嬉しかったです!

お帰りは、最寄り駅までご一緒させていただきました。
私事ながら、私の親戚も先生の教え子で、松坂選手の同級生であることもお話させていただきました(勝手にご縁を感じております。。)
背筋がピシッと伸び、シャンとした印象の渡辺先生。
お会いする前に想像していたよりも柔らかく穏やかなお人柄で、お別れ際には握手もしてくださり、とても素敵なお方でした!

先生は今も野球に携わり、子どもたちの野球指導でも全国を飛び回っていらっしゃるそう。
講演依頼も多く、弊社からも各地にご案内させていただいております。
横浜高校を甲子園常連校に育て上げた、伝説の「渡辺監督」から、人材育成の秘訣を学んでみませんか?
お問い合わせ、お待ちしております!

渡辺元智先生のプロフィールと講演依頼はこちら


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今泉清先生


ご無沙汰しております超人ハルクです😊
6月末のこと。弊社お得意様ご主催による、
1984年ロス五輪体操金メダリスト・森末慎二先生のご講演を聴いてきました。

いよいよ東京オリンピックまで一年を切り、スポーツ系講師のご依頼が多い日々。
森末先生にご講演頂けるとのことで、主催者様にとても喜んでいただけました。

今回のご講演テーマは、「緊張とプレッシャー~金メダルへのあくなき挑戦」

冒頭は過去のオリンピックの振り返りから。
第1回オリンピックは1896年のアテネ。
オリンピックの正式名称は「オリンピアード競技大会」といい、
第1回大会は、金メダルはなく、優勝者には銀メダルが贈られた。

ここで、森末先生のポケットの中から、金メダル、銀メダル、銅メダルが!!!
「皆さんあまり見たことないでしょうから回します、持って帰らないでくださいね!笑」と聴講者の方々に見せてくださいました!!
皆さんご講演を聴きつつ、回ってくるメダルにとてもお喜び❤ありがとうございます。

体操としては、来年2020オリンピックに向け、現在予選、世界選手権となっている。
ここから、2020オリンピック予想や見どころ、皆さんご存知の白井選手、内村選手などの体操界のお話となりましたが、ここはオフレコ!
お聴きになりたい方は、オリンピックまでにぜひご依頼頂くことをおススメいたします💡

そして、ご自身が体操を始めたきっかけからオリンピック代表権獲得までのお話に。

今の選手は3歳ごろから体操を始めるが、森末先生は高校生の時。
先輩の2年生による、筋力トレーニングという名のしごきで、
腕立て伏せ600回、V字腹筋1時間などのメニューをこなしていた。
お休みも365日の内で1日“1月2日”のみ。

こうしたキツイ練習のおかげで、体操の基礎をつくり、日本体育大学に進学。
高校レベルと大学レベルはやはり雲泥の差で、どれほど高校で素晴らしい成績を残していたとしても、大学では3年生以降にようやくレギュラーをとれるかどうか。
そのタイミングで、アキレス腱断裂により入院。

入院中に一つ先輩であった具志堅幸司氏と同室で過ごした際のエピソードなども、
面白くお話しくださいました!こちらも詳しくはご講演で!

最後にオリンピックに出場し金メダルに輝いた時のお話に。
やはりオリンピックは謎の緊張に包まれた。
競技中には歓声が全く記憶になく、見えるのは床と電光掲示板。
手が震え静止できなかったり、平行棒の一番簡単な技で落下、試合後に39度の高熱を出し、そのまま翌日の競技に臨むなど、予想外の出来事に見舞われたが、最後見事にプレッシャーに打ち勝ち、金メダルを獲得できた。

森末先生による大サービスで、ご講演時間15分延長で終了となりました!
所々に笑いを交え、盛りだくさんにお話しくださいました。

当日は、カッコいい自家用車で時間通りに会場入り。
控室でも素敵な笑顔で、明るくご対応してくださいました!
ありがとうございます😊

オリンピック前にメダリストのお話を聴くと、
より一層2020オリンピックを楽しく観戦できるのではないでしょうか。

皆様からのお問い合わせ、ご依頼、お待ちしております。

森末慎二先生のプロフィールと講演依頼はこちら


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舞の海秀平先生


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ご無沙汰しております、かにかまです🐙

先日、舞の海秀平先生のご講演を聞いてまいりました。
今回の講演テーマは『私の相撲人生』。

「これまでの相撲人生を正直にお話しします。」と講演スタート。
まずTVでは決して話せない内容をズバズバと。会場は大笑いで掴みバッチリでした。
(こちらは講演でしか聞けない“裏話”になるため、実際にお聞き頂ければと思います)

会場内の空気も温まったところで、大相撲相撲の世界に入るまでのエピソード。


本当は大学を卒業して、山形県内にある高校の社会科の教師になる予定だった。
しかし卒業する2か月前、大相撲入りする決意を固めた。
きっかけは、後輩の急逝。

後輩の父親が言った「生きてさえいてくれたらそれで十分だ。」の言葉を聞いて、
たった一度しかない人生、本当にやりたい事をしたいと思い相撲の道を決めたそうです。

この気持ちを大学相撲部の監督に打ち明けるも、まず訊かれたのは身長について。
169センチです、と答えたらそれは厳しいかもしれないと。
なぜなら、当時は173センチ無ければ認められなかったから。
それでも諦めきれず紹介されたのが出羽海部屋でした。当時の親方は、第50代横綱 佐田の山関。

大学を卒業し出羽海部屋に仮入門。
3月に大阪で行われる春場所の前に新弟子検査があり、そこで合格すれば正式に入門が認められる。
条件は、173センチ・75キロ以上、内臓検査をパスした25歳以下であること。

検査当日の朝、173センチ以上にするために
鬢付け油(※ロウソクのような見た目・固さのもの)を頭に乗せ、髪の毛で覆い準備完了。
しかし、なぜかその日に限って異常気象により気温がぐんぐん上がる。
結果…油が溶け出し頭はドロドロ、身長を測っていた親方にそれも見つかり叱られ不合格。

失意のどん底で部屋に戻り、その後誰にも言わずに東京へ帰った。
次の検査は2か月後の5月場所。
その日までに何とかしなければ、と思い病院の先生に紹介された
美容外科へ行ったら「頭にシリコンを入れませんか。」と持ち掛けられた。
手術の様子は省略しますが…眠れないほどの激痛だったそうです。

そして2度目の新弟子検査が行われる両国国技館へ。
身体検査を行っていた親方は、第55代横綱 北の湖関。
順番を待っていると、北の湖さんに「痛いだろう。もう少しだから頑張れ」と声をかけられた。
もちろんシリコンの事は誰にも話していません。優しいお人柄が出ていますね。
こうして無事合格。正式に出羽海部屋の入門が認められました。

後日、佐田の山さんへ「どうして根回ししてくれなかったんですか。」と
聞いたところ、笑いながらこう言われたそうです。

お前は就職先も内定していたし、この世界でやっていくには小さすぎる。
だから1度目の検査で不合格になり帰った時にはホッとした。
本当にその体格でやる気があるなら、一度落ちても戻ってくるだろうと確信していたら、
まさかシリコンを入れて帰ってくるなんて思わなかった。

それを聞いて、これは覚悟を試されていたんだ、と感じた。
佐田の山さんのために、部屋のためにもっと努力して恩返しをしたいと士気が高まった。
厳しくも寛容でユーモアがあり、人の心を動かすお方だったそうです。


土俵とは世の中の縮図かもしれない。
勝つか負けるかだけではなく、人情(情け)、いろんなものが渦巻いている世界。
時代が移り変わりAIが発達しても人情はつくることができません。と締めて講演終了。
その後の質疑にも丁寧に答えていらっしゃいました。

今回の聴講者様は60代以上と、現役時代をお知りの方が中心でしたので登壇時から大盛り上がり。
また相撲をあまり観ない方や学生さんなど若い方が対象の場合でも
現役時代のDVD投影をしてから講演にうつるため、安心してお聞き頂けると思います。

テレビや解説などで大変お忙しい先生ですので、お早めのご依頼がおすすめです。
お問い合わせ、お待ちしております!


以上です。


■舞の海先生についての過去記事

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こんにちは、金平糖です。
ラグビーワールドカップで、日本が世界ランキング2位のアイルランドに勝利!!㊗🎊
私も生放送で見ていて、とっても興奮しました!

そんなラグビー熱が日本で高まったのは、2015年のラグビーワールドカップで、
日本代表が南アフリカ代表に勝った試合でしたね。
私も偶然(!)見ていて、初めてまともにラグビーを見たのですが、面白さに虜になりました✨

2015年、ラグビー日本代表はなぜ勝てたのか?
勝つために何をしたのか?
そんなお話を、先日、ラグビー元日本代表の今泉清先生のご講演で聴いてきました。
明日から会社で使えるような内容もたくさんあり、お話もお上手で良い講演でした!
どんなお話をしたか、少しだけご紹介させていただきます。

2015年のラグビーワールドカップに向けて、エディー・ジョーンズ氏が日本代表のヘッドコーチに就任した時、日本が南アフリカに勝てると思っていた人は、世界にも、日本の関係者にもいないという状況だったそう。
世界ランキングでも大きく差があり、日本代表はその前にもニュージーランドに歴史的大敗をしていた。
でも、エディー氏は「南アフリカに勝つ」という目標を掲げ、宣言した。

「これができれば勝てる」という青写真を選手たちに提示して、それに至るにはどうすればいいか、という逆算方法で指導をしていった。

1対1では負けるが、南ア1人に日本3人でタックルすれば倒せる。
じゃあ3倍走れるようになれば勝てるだろう、と。
合宿で一日中走り込みや体力づくりなどを行い、一年で173日間もそのような練習をしていた。
とてもハードな練習だが、「歴史を変える」という目的があったので、選手のモチベーションは高かった。

それを続けていると、
三か月ほど経つと、「ひょっとしたらもしかして勝てるんじゃないか」と考えるようになり、
もう三か月経つと、「勝てるんじゃないか」
もう三か月経つと、「勝てるでしょう」
大会直前には、「絶対勝てる」というマインドに変わっていった。

GROWモデルというコーチングの手法があるが、
ゴール=自分たちがなりたい姿から逆算して、何を積み上げていけばよいのかを考え、PDCAサイクルを回していく。
そして、小さなことから成功体験を積んでいく。
この最高の成功例が、2015年の日本代表が南アフリカに勝てた試合なのだとのこと。

もちろんマインドや練習方法だけでなく、現地の気候やレフリーに合わせた戦略の準備や、コミュニケーション力の向上、グラウンドにコーチが不在となるラグビーに必須のチーム力、そしてワンチーム・ワンハートになる団結力をつくること。
それらをしっかりと行ったうえで、「勝てる」マインドとイメージを作り上げることで、勝つことができた。


このような手法はラグビーに限らず、会社の中でも、ディスコミュニケーションを防ぎ、社員が同じ目的を持ち、それに向かって一つ一つ目標を達成していくことで、チーム力、ひいては会社の力も良くなっていくとのこと。

特にコミュニケーションについては、国際的なチームが特色のラグビーをやっていてよくわかるのが、日本人は、返事だけが良いということ。
「わかったか!」と聞かれ、「はい!!」といい返事をしていても、
「じゃあどういうことを言ったか説明してみろ」というと、説明できない人が多い。

伝える側が伝わったと思っていても、理解していなかったり、間違って伝わっていると、時間も労力も無駄にしてしまうので、お互いしっかりと、対話・傾聴を行うことが大切とのこと。

ラグビーで大切な、目標設定・マインドセット・コミュニケーション。
それはビジネスの世界でもとても大切なことなのだと学びました。


今泉先生はとてもクレバーな方で、スライドも使って分かりやすく説明していただけて、とても良い講演でした!是非お勧めです!
お問合せお待ちしております☺

今泉清先生のプロフィールと講演依頼はこちら


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蝶野正洋先生(プロレスラー)


岩﨑由純先生(一般財団法人日本ペップトーク普及協会 代表理事)

沢松奈生子先生(元プロテニスプレーヤー)


若草物語です。
先日、“黒のカリスマ”蝶野正洋先生の安全大会でのご講演を聴いてまいりました!
20190913
★安全大会へのご案内は当社限定です!

プロレスラーとして、また、年末のバラエティ番組などでも大人気の蝶野先生ですが、
最近では救急救命や地域防災の啓発活動にも尽力されています。
安全大会では、現場で作業する方が知っておくべき心がけについてお話しいただきました。

ご講演は、蝶野先生の入場曲が流れる中、現役時代の映像を投影しながらのご登壇、
さらに、「ガッデム! I am CHONO!」でスタート。

危険を伴うプロレスという現場で活躍されていた蝶野先生。
闘魂三銃士の橋本真也選手が40歳の若さで亡くなってしまったこと、
また、三沢光晴選手がリング上の事故で亡くなってしまったことをきっかけに、
「しっかりと選手の危機管理をしなければならない。何か一人でもできることはないか?」
とお考えになり、2010年にAEDの講習を受けられたそうです。
救急救命は、プロレスなどのスポーツ選手だけではなく、
外で作業をしている方や普通に街を歩いている人にも知っておいてほしいこと。
都会の街中では、怪我をしている人や困っている人を無視してしまうこともあるが、
それはその人が冷たいのではなく、「大丈夫かな」と思いつつも何をすればいいかわからないから。
まずは声掛け(この一歩が難しいのですが)、そして応援を呼び、AEDを持ってきてもらう。
もしも救急車が来るまでの間に体調が急変し、心臓が止まってしまったら…
最悪の状況を回避するために、AEDの使用方法を学んでおくことが必要です。

そもそも、AEDを使用しなければならない事態を避けるということも必要!
昔は、クーラーも無い蒸し暑い中で、水も飲まずにひたすら練習をしていたが
最近はこまめに休憩を取り、水分や栄養を補給するなど、効率のよい練習をしている。
仕事の現場についても同様で、こまめな休憩・水分補給が大切。
さらに、お互いの声掛けの際のポイントも教えていただきました。
「大丈夫か?」と聞くと、無意識でも「大丈夫」と答えてしまいがちですが
さらに追加の質問をすることで、本当に相手が大丈夫かどうかの確認ができる。
相手の状況を正しく見極めるために、プラス一言が有効とのことでした。

さらに蝶野先生は、地域防災の啓発にも取り組んでいらっしゃいます。
きっかけの一つが東日本大震災。住民を助けようとして、多くの消防団の方が犠牲となった。
「誰かが助けに来てくれるだろう」という思いは捨て、自ら避難することが必要。
また、避難した後の避難所での生活も大変です。
日頃から、生活に必要なものをまとめて用意しておくことが大切だそうです!

最後は熱中症についても触れ、現場で働く方々にエールを送って終了となりました。

今回は割愛しましたが、お話の中では蝶野先生のデビュー戦や、東京ドームでの
ビッグバン・ベイダー選手との試合でのエピソードも交えお話しいただけます。
プロレスファンの方にとっては特にご興味のある内容ではないでしょうか?
お話の内容はもちろん、舞台袖でも気さくにご対応くださるとても素敵な先生です!
(若い方からもたくさん握手を求められていました!大人気ですね!)
お会いするまではものすごく緊張していたのですが、一気にファンになってしまいました…

大のプロレスファンというご担当者様も大満足の蝶野先生のご講演、おすすめです!
テレビやラジオ、イベントなどで大変お忙しい先生ですので、お早めにお問い合わせください。


■関連記事①:スポーツ関連講師

■関連記事②:安全大会は当社限定!


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