ご無沙汰しております、かにかまです🐙

先日、舞の海秀平先生のご講演を聞いてまいりました。
今回の講演テーマは『私の相撲人生』。

「これまでの相撲人生を正直にお話しします。」と講演スタート。
まずTVでは決して話せない内容をズバズバと。会場は大笑いで掴みバッチリでした。
(こちらは講演でしか聞けない“裏話”になるため、実際にお聞き頂ければと思います)

会場内の空気も温まったところで、大相撲相撲の世界に入るまでのエピソード。


本当は大学を卒業して、山形県内にある高校の社会科の教師になる予定だった。
しかし卒業する2か月前、大相撲入りする決意を固めた。
きっかけは、後輩の急逝。

後輩の父親が言った「生きてさえいてくれたらそれで十分だ。」の言葉を聞いて、
たった一度しかない人生、本当にやりたい事をしたいと思い相撲の道を決めたそうです。

この気持ちを大学相撲部の監督に打ち明けるも、まず訊かれたのは身長について。
169センチです、と答えたらそれは厳しいかもしれないと。
なぜなら、当時は173センチ無ければ認められなかったから。
それでも諦めきれず紹介されたのが出羽海部屋でした。当時の親方は、第50代横綱 佐田の山関。

大学を卒業し出羽海部屋に仮入門。
3月に大阪で行われる春場所の前に新弟子検査があり、そこで合格すれば正式に入門が認められる。
条件は、173センチ・75キロ以上、内臓検査をパスした25歳以下であること。

検査当日の朝、173センチ以上にするために
鬢付け油(※ロウソクのような見た目・固さのもの)を頭に乗せ、髪の毛で覆い準備完了。
しかし、なぜかその日に限って異常気象により気温がぐんぐん上がる。
結果…油が溶け出し頭はドロドロ、身長を測っていた親方にそれも見つかり叱られ不合格。

失意のどん底で部屋に戻り、その後誰にも言わずに東京へ帰った。
次の検査は2か月後の5月場所。
その日までに何とかしなければ、と思い病院の先生に紹介された
美容外科へ行ったら「頭にシリコンを入れませんか。」と持ち掛けられた。
手術の様子は省略しますが…眠れないほどの激痛だったそうです。

そして2度目の新弟子検査が行われる両国国技館へ。
身体検査を行っていた親方は、第55代横綱 北の湖関。
順番を待っていると、北の湖さんに「痛いだろう。もう少しだから頑張れ」と声をかけられた。
もちろんシリコンの事は誰にも話していません。優しいお人柄が出ていますね。
こうして無事合格。正式に出羽海部屋の入門が認められました。

後日、佐田の山さんへ「どうして根回ししてくれなかったんですか。」と
聞いたところ、笑いながらこう言われたそうです。

お前は就職先も内定していたし、この世界でやっていくには小さすぎる。
だから1度目の検査で不合格になり帰った時にはホッとした。
本当にその体格でやる気があるなら、一度落ちても戻ってくるだろうと確信していたら、
まさかシリコンを入れて帰ってくるなんて思わなかった。

それを聞いて、これは覚悟を試されていたんだ、と感じた。
佐田の山さんのために、部屋のためにもっと努力して恩返しをしたいと士気が高まった。
厳しくも寛容でユーモアがあり、人の心を動かすお方だったそうです。


土俵とは世の中の縮図かもしれない。
勝つか負けるかだけではなく、人情(情け)、いろんなものが渦巻いている世界。
時代が移り変わりAIが発達しても人情はつくることができません。と締めて講演終了。
その後の質疑にも丁寧に答えていらっしゃいました。

今回の聴講者様は60代以上と、現役時代をお知りの方が中心でしたので登壇時から大盛り上がり。
また相撲をあまり観ない方や学生さんなど若い方が対象の場合でも
現役時代のDVD投影をしてから講演にうつるため、安心してお聞き頂けると思います。

テレビや解説などで大変お忙しい先生ですので、お早めのご依頼がおすすめです。
お問い合わせ、お待ちしております!


以上です。


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