ご無沙汰しています超人ハルクです。
少し前のこと、弊社お得意様ご主催の湯澤剛先生のご講演を聴講してきました。

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ご講演テーマは「朝の来ない夜はない。あきらめなければ必ず道は拓ける。~負債40億円からの挑戦~」
20181217
まず、現在代表取締役である株式会社湯佐和について。
事務所の拠点がある神奈川県の大船を中心に、神奈川の東側に計14店舗の飲食店を経営、内ほとんどが大衆海鮮居酒屋。客単価3000円程、40~70代男性がメインターゲット。

湯澤先生自身は、創業者である父親が会社を大きくする様子を子供の時から見ており、“絶対に父の後を継ぎたくない”と思っていた。
当時33店舗あったお店は、サッポロビールを扱っており、「ライバルのキリンビールに入社をすれば、何となく自分のことを諦めてくれるのではないか、戻ってこいと言われずに済むのではないか」と考え、大学卒業後にキリンビールに入社、12年間サラリーマンを。

しかし、順風満帆であったサラリーマン人生が平成11年1月21日、父親である先代が心筋梗塞で急逝、ガラリと変わってしまった。
自分にとって、親の会社を継ぐことは、人生最悪の選択であったが、従業員に泣きつかれ、2週間だけ手伝うことにした。

だが、目の前で起こることに必死になって対応しているうちに“社長”と呼ばれ、気が付いたら事業承継をしており、36歳で会社を継ぐこととなった。

接客や調理など、飲食業界の経験が全くなく、マネジメントの経験もなし。
それに加え、どんな会社で、どんな人がいて、どういう状況かも知らなかった。
それが後々に影響を及ぼすが、中でも一番は、有利子負債額40億。

当時の年商は20億であり、金融機関から債務超過解消まで50年、完済に80年かかると言われ、人生終わったなと思った。
さらに恐ろしいことに、段ボール1箱分の督促状の山。ほとんどが税金と水道光熱費で、計1億円。財務はこのような状況。

では、組織はどうだったか。
33店舗あるが、店長は2人で掛け持ち。本部は正社員1人とパート数名。
“よくこれで会社といえるな、組織とは何なのか”と叫びたい気持ちだった。

そして、いざ経営をスタートするも、最初はお金を支払えていない先に謝りに行き続ける毎日。店長が売り上げを持ち逃げ、板前がお酒を飲み咥えタバコで寿司を握りお客様トラブル、従業員同士が喧嘩し警察沙汰なんてことも。

さらには家にまで督促の電話がかかり、奥様が謝る日々。
このままでは自分も家族も壊れていくのではないかという恐怖が、逆に背中を押した。

それでもなかなか覚悟が決まらなかったため、2つの工夫を。
1つは、最悪の状況(破産計画)を紙に書いた。不安や恐怖を頭に置いておかず、客観的に見つめると気が楽になり、とりあえず前に進もうと思えた。
もう1つは、期限を決めた。50年、80年とやみくもに走るのではなく、ある一定の期間(1827日=5年)を決め頑張り、それでもダメならすっぱりやめようと考えた。

こうした厳しい状況の中でも何か一つうまくいっているものを作り、それを横に展開し、全体の底上げを図ろう、つまりモデル店舗を作ろうと試みた。

店名を変え、店を綺麗にし、店長も新たに雇い、満を持してのオープン。
順調に行き、あとは横に展開するだけと考えるも、2ヶ月3ヶ月と右肩下がり。
女性やファミリー層を狙うもリピートされず、ロイヤルユーザーであった中高年の男性も来なくなり、誰も来なくなってしまったということ。

弱点に注目しがちだが、弱点だらけの企業は強みを見つけて状況を変えることが必要だと気が付いた。何を選ぶかではなく、何を捨てるか、が大事である。

中高年を再度ターゲットとして2か月後、売上が1.5倍、利益が2倍になった。

しかし、そう簡単にはいかず、、、良くなってきた矢先にアメリカでの狂牛病問題。
利益30%あった吉野家のFC5店舗が利益ゼロに。居酒屋部門を叱咤激励、そうして平成18年の12月過去最高利益となった。ついにどん底から抜けたと思った。

だが、本当の地獄はここからだった。
平成19年1月に大規模な食中毒で営業停止、2月に大事な会社の社員が重度の糖尿病で亡くなり、3月に店が火事。とことん嫌になってしまった。
経営者になり9年経っていたため、もう辞めようと思ったが、従業員の反対を受け、そこから“人材こそがすべて”人を大事にし、安心して働ける会社を作ろうと再スタート。

それでもまだ20億の借金が残っており、気が付くと利益優先の経営に逆戻りであった。

その時、ある経営者に、「何のために経営しているのか」と問われた。
「借金返済のため」と答えると、「社員は先代の作った借金を返すために働いているのか」と言われ、返済のことしか考えていなかったことに気付かされた。

では、何が経営の目的なのか。
考えた末、一緒に働いている社員とともに成長し幸せになりたい、地域に必要とされる存在となりたい、と「人が輝き地域を照らし幸せの和を拡げます」という経営理念を掲げた。

経営者となり16年、40憶あった負債は1億5千万に。
なぜここまで来られたか。
経営者として一番必要なのは諦めないこと(折れない心)ではないか。どんなに厳しい状況でも、自分の心の受け止め方ひとつで、人生を諦めずに幸せな生活を取り戻せる。
そして何より“人”。社員を幸せにすること、社員が幸せである企業が繁栄していくのではないか。

最後に「諦めなければ道は拓ける、朝の来ない夜はない。信じて進めばいつか目指した姿にたどり着ける」と熱いメッセージで、終了となりました。

とても響くご講演で、経営者様向けの講演会で大変好評の理由がよーくわかりました😊
ご講演前後には控室で気さくにお話頂け、懇親会にもお付き合い頂きました!ありがとうございます💙
現役の経営者であるため大変ご多忙の湯澤先生ですが、ぜひたくさんの経営者様に聴いて頂きたいと思いました。ご依頼、お待ちしております。
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■湯澤剛先生に関する過去の記事
【講演依頼】株式会社湯佐和 代表取締役 湯澤剛先生のご紹介